









木桶仕込み醤油で刺身を食べてみよう
Shokunin Shoyu No.
木桶とは?
かつて、江戸時代までは、和食のベースとなる醤油・味噌・酢・味醂・酒などの基礎調味料は「木桶」でつくられていました。しかし時代が進み、高度経済成長期を経るなかで、製造コストや効率の面から木桶仕込みは減少の一途をたどります。たとえば醤油業界では、2010年頃には木桶で仕込まれる醤油は、国内流通全体のわずか1%程度にまで落ち込みました。現在、多くの醤油はコンクリートやステンレス製のタンクで仕込まれており、さらに木桶を製造できる桶屋も、国内に1社を残すのみ。木桶文化はまさに「失われかねない」瀬戸際に立たされているのです。
そんななか、近年ふたたび木桶に注目が集まっています。過去に使われていた木桶を復活させたり、新規で木桶を導入したりと、特に若手の醸造家たちを中心に、木桶仕込みの生産量が増え始めています。単なる伝統の復活ではなく、多様性と創造性の象徴として、木桶文化は新たな盛り上がりを見せつつあります。
木桶仕込みがおいしい理由
● クラフトビールのような個性
醤油をつくる木桶は高さ2~3m、直径2~4mほどの大きな容器。100年以上使い続けられるほどの耐久性があります。そして、木材の表面の微細な構造に微生物がすみつき、独特の生態系をつくりあげています。これこそが木桶仕込みの最大の特徴であり、100年を超える歴史やその土地の気候風土に応じて、その蔵元にしか出せない風味や味わいを醸し出すのです。
● 自然がつくる発酵環境
木桶は鉄釘や接着剤を使わず、自然の素材だけでつくられた容器です。発酵環境は、人工的な温度コントロールではなく、四季の温度変化による「天然醸造」。寒い時期に仕込み作業が行われ、夏にはぷくぷくと発酵がはじまります。木桶は湿気が多いときには水分を吸収し、寒さの中では熱を蓄えるなど、まるで生き物のように環境に応じてその表情を変え、醤油に適した環境をつくります。
● 時間がつくる奥深い味わい
木桶の寿命はおよそ100〜150年。明治から昭和初期に作られた桶が、何世代に渡っていまも現役で活躍しています。木桶の素材は杉であることが多く、その育成には数十年を要します。さらに、奈良県の吉野杉のような良質な材木の育成には、山づくりから行う必要があり、そう考えると数百年に渡る先人たちの積み重ねが、この一本の桶に込められているのです。そして、こうして長い時を重ねた木桶は、使い込まれるほどに味が出て、深みのある醤油を育ててくれます。
● 人の手が生む味わいのちがい
醤油の元となる「諸味」は日々異なる表情をみせ、その年によって出来栄えも変わります。「いつも違うから、いつも心配…」「木桶を信じて任せています!」「手はかかるけど、その分、楽しい」と蔵人の接し方はさまざま。繊細な蔵人は手をかける頻度が多くなり、大胆な蔵人は新たな製法に果敢にチャレンジをする。醤油の味わいは蔵人の性格に似てくると言われています。ただ、共通するのは自分たちがおいしいと感じる醤油をつくること。より個性を活かすために木桶が見直されています。
栄醤油うすくち/栄醤油(静岡県)
塩分控えめで優しいうま味とほのかな甘みの淡口醤油は、白身の刺身にぴったり。タイ、ヒラメ、甘えび、ホタテ……繊細な魚介の甘みやうま味を、「栄醤油うすくち」がそっと引き立ててくれます。
1本目は、静岡県掛川市の横須賀という城下町でつくられる、栄醤油醸造の淡口醤油です。30石(約5,400リットル)という大きな木桶が30本以上も現役で使われています。木桶で約1年熟成。淡口醤油としては、やや長めの熟成期間です。それでも、色は淡く、やさしいうま味とほのかな甘み、そして塩分は控えめ。搾り方にもこだわりがあります。近年は、風呂敷に諸味を注いで座布団状に重ねて上から圧力をかける方式が主流ですが、栄醤油は昔ながらの諸味を袋に入れて搾る方式。この手法は搾り粕の処理に手間がかかりますが、にごりの少ない、澄んだ味わいの醤油になるのです。
貴醤油/柴沼醤油(茨城県)
色鮮やかで軽やかなすっきりとしたうま味は、海鮮丼のようにさまざまな刺身が盛られた一皿にぴったり。わさびとの相性も良く、魚介の味わいをやさしくひとつにまとめてくれます。
2本目は、茨城県土浦市にある、柴沼醤油の濃口醤油です。柴沼醤油は将軍家に納める醤油をつくる「御用蔵」として始まり、江戸時代から330年以上、代々直系で継なぐ日本有数の歴史ある蔵元。敷地内には「大新蔵」「辰巳蔵」という2つの蔵があり、合計67本の木桶が今も現役で使われています。伝統を守るだけでなく、食品の安全性を重視し、国際的な衛生・品質管理規格「FSSC22000」も取得。 木桶仕込みの醤油を、日本国内の他、スイス・オランダ・中東など約70か国に輸出しています。家庭用・業務用の醤油はもちろん、小袋パウチなど、柴沼醤油は多様なニーズに木桶仕込みで応えています。 実際、刺身や寿司に添えられている小さな醤油パウチで、知らず知らずのうちに柴沼醤油のものを使ったことがある方もいるのではないでしょうか。
「貴醤油」は、脱脂加工大豆を使った濃口醤油です。脱脂加工大豆は、丸大豆から油分を取り除いたもの。コーンフレークのように平たくつぶされたような形状で、水分を吸いやすく、分解がスムーズです。このため、アミノ酸などのうま味成分が効率よく引き出され、約6ヶ月という短期間で熟成されます。油分が少ない分、味わいはとてもすっきり。さらに「貴醤油」は火入れを行わない生(なま)醤油で、セラミック濾過による除菌、クリーンブースでの充填など、衛生管理にも抜かりがありません。その結果、色鮮やかで軽やかな、すっきりとしたうま味の醤油に仕上がっています。
幻醤/畑醸造(富山県)
凝縮されたうま味とすっきりさの両方を兼ね備えているので、脂ののった、鯵・鯖・鰤などの青魚の刺身におすすめ。青魚に少し生臭さを感じるときに少量つけると、塩味が輪郭を引き締め、熟成感が香りを調和。薬味とも相性が良く、青魚の魅力をさらに引き立てます。
3本目は、富山県小矢部市にある、畑醸造の濃口醤油です。冬には外気温が氷点下になる、北陸・豪雪地帯の厳しい寒さの中で仕込まれています。麹づくりは、今では全国でもわずかしか残っていない「麹蓋(こうじぶた)」を使用。麹室は、昭和初期に作られたレンガ造り。レンガが呼吸をしてくれるので朝の冷え込みや外気温が氷点下に下がっても、麹への影響を少なくできるようになっています。
「幻醤」は、北陸の最も寒く、水と空気が澄んだ1~3月のみに仕込んでいます。原材料も地元富山県産にこだわり、小矢部市産の大豆、高岡市産の小麦、そして塩は沖縄のシママース。これらを木桶で3年熟成し、気候のリズムにあわせてゆっくりと発酵・熟成させていきます。櫂入れ(撹拌)をこまめに行いながら、大豆の甘み、小麦の香ばしさ、塩のうま味をじっくり引き出していきます。搾りの工程にも、こだわりがあります。諸味の自重だけで1週間以上かけて自然に滴り落ちるのを待ち、その後、ほんの少しだけ圧力を加えて搾ります。これは、大豆に含まれる油分を強く搾ってしまうと油臭さも一緒に出てしまうから。この丁寧な工程によって、うま味はぎゅっと凝縮しながらも、あと味はすっきりとなっています。
鶴醤/ヤマロク醤油(香川県)
「これぞマグロ!」というような濃い赤身と、「鶴醤」の深いコクがぴったり重なったとき、思わず「これ、おいしい!!」と声がでちゃいます。魚の生臭さを自然にマスキングし、魚の味も醤油の味もしっかり引き立て、一体感のある、力強くもバランスのとれた味わいに。
4本目は、香川県小豆島にあるヤマロク醤油の再仕込醤油です。「鶴醤」は、木桶仕込み醤油の代名詞ともいえる存在で、世界中からこの醤油を求めて来店される方もいるほどの人気銘柄です。「孫の代にも桶仕込みの醤油を残したい」そう語るのは、ヤマロク醤油の五代目・山本康夫さん。その思いから2012年、地元の大工さんたちと共に、醤油を仕込む木桶を自分たちでつくる取り組みを始めました。これがのちに全国へ広がる「木桶職人復活プロジェクト」のはじまりです。ヤマロク醤油では、100年以上使い込まれた木桶と、毎年つくられる新桶が混在する、全国でも珍しい光景が見られます。
「鶴醤」は、2年熟成の濃口醤油に、さらに諸味を加え再び2年熟成させた4年熟成の再仕込醤油。深いコクとまろやかさを極限まで追求しており、ほんのり甘みさえ感じられます。そのため、醤油の塩辛さが苦手な方にもぜひ試していただきたい一品です。また、「鶴醤」の芳醇な香りは格別で、「一度食べたら普通の醤油には戻れない」と言われるほどのインパクトがあります。
尾張のたまり/丸又商店(愛知県)
赤身の刺身をまったりと楽しみたい方におすすめ。口に入れた瞬間からダイレクトに来る、大豆の濃厚なうま味が一番の特徴。たとえスーパーで買ったシンプルな赤身の刺身でも、この「尾張のたまり」をつけるだけで、魚全体がとろみとうま味に包まれ、深い味わいに。
5本目は、愛知県知多半島・武豊町にある、丸又商店の溜醤油です。愛知県の知多半島の武豊町は、溜醤油の一大産地として知られ、今も多くの蔵元が集まっています。この町で1829年に創業した丸又商店は、大豆100%で木桶仕込みという伝統製法を頑なに守り続けています。よく、「九州の甘くてとろっとした醤油=溜醤油」と思われがちですが、実はそれは別物。溜醤油の主な産地は中部地方で、塩分濃度は濃口醤油とほぼ同じ。決して甘い醤油ではありません。その違いは、濃厚なうま味ととろみにあります。溜醤油は、大豆の割合が多く、仕込み水は少なめ。さらに、長い時間をかけてじっくり熟成されるため、色も濃く、どろっと濃厚で、うま味は醤油の中でもトップクラスです。ただ、その濃厚なうま味を、味覚として「甘さ」と感じる方もいらっしゃいます。これは、砂糖のような甘さとは違う、大豆由来のまろやかさと深み、味覚の奥で広がる素材の甘みなのだと思います。
「尾張のたまり」は、愛知県産の丸大豆を100%使用したグルテンフリーの醤油です。仕込みの塩水はごくわずか。その分、大豆のうま味がぎゅっと凝縮されています。うま味成分の窒素分はなんと3.0%。濃厚なコクと深い味わい、そして長期熟成ならではの、角のとれたまろやかさを感じます。
文:もーり(職人醤油)
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